【孤独死】真面目に思うこと

【孤独死】真面目に思うこと

※孤独死の詳細な定義は知らずに書いているので、的外れな事を書いているかもしれません!

孤独死は嫌だみたいに言うけれど

怖いのは”孤独死”ではなくて”孤独”ではないでしょうか?

 

独り暮しの人が、誰にも看取られずに亡くなり、死後数日以上経って遺体が発見されるようなケースを孤独死というのなら

 

・親族、友人はいるが頻繁には連絡を取っておらず、趣味などを持って充実した日々を過ごしている中で自宅で亡くなり、時間が経って遺体が見つかった

 

・連絡を取るような親族、友人は皆無であり、趣味もなく、家に引きこもり絶望した日々の中で自宅で亡くなった

 

このどちらも孤独死なのでしょうか?

 

"死に方"よりも"生き方"の問題ではないか

どうも”孤独死”という言葉のイメージが独り歩きしているような気がしています。

 

別に老人の独り暮しが悪いわけではないでしょう。

腐乱死体となって発見されることだって、当人の問題だけではなく地域コミュニティの問題も大きいでしょう。

 

言い方は乱暴ですが、腐乱死体になろうが、生きてる間に充実した日々を過ごしていれば本人は何の問題もないでしょう。もう死んでるんですから。

むしろ遺族が後悔したり、不動産屋が迷惑に思うだけで。

 

死に様が重視されていた昔の日本だって、「どう死ぬかを選択する生き方」が重視されていたのであって、「死に方」そのものに美を見いだしていた訳ではないのではないでしょうか?

 

脇差で腹を切るという行為そのものが美徳だったわけではなく、潔く腹を切るという信念を貫くことが美徳だったのだと思います。

生きることを楽しめばいい

ある程度の年齢で独身だと「孤独死がこわくない?」なんて言われるかもしれませんが、そもそも結婚してたって夫婦そろってせーので亡くなるわけではないし、子どもがいてもみんなが同居しているわけでもないでしょう。

 

少なくとも現在独身の僕は、ただ自分が生きることを楽しめばいいと思っています。

 

死んだ後の事を心配してもしょうがないでしょう。

大事なのは生きてる時間です。

「一度しかない人生」なんて聞き飽きた言葉ですが

人に迷惑をかけない限りは日々自分の生きたいように生きればいいと思っています。

 

「今は我慢」だなんて思ってやりたくないことをして生きていて、交通事故で突然亡くなりでもしたら目も当てられないでしょう。

 

いつになるのかはわかりませんが、誰かに看取られていようがいまいが、死に際に「なかなか楽しい人生だったな」なんて思える人生を歩みたいものです。

 

ついでに周りの人にも「愉快なヤツだったな」なんて思ってもらうことができればこっちの勝ちですね!

 

とりあえず、もし生き方とかに悩んでいる人がいるなら一度頭をリセットして、自分の思うままに生きてほしいと願っています。

 

「一度しかない人生」なんですから。

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コメント

  1. 事故物件を見学したことがあります。家で死を迎えたのちの部屋です

    椎名誠さんだったかのエッセイ本で、お酒飲んで気持ち良くなってそのまま寝ちゃった→心臓発作の流れのお話

    ↑のケースでは、親戚のお姉ちゃんが挨拶にきたときに、どっひゃー死んでるやんけ→でもまあ仕事終わりの晩酌中で、気持ち良い最期だったでしょ!って言うエピソードでした

    昭和でよく見られた 誰かしらどっかで知り合い(尻☆愛ではない方)でなんとなく孤独じゃない世の中が減ってきてるから…ニュースでも取り上げられるのだろうと思います。孤独は色んな意味で負の要素がある

    どんなですかね…難しい問題ですね

  2. @気に咫内さ 
    なんとなく孤独じゃない世の中、大事ですね!
    時代の流れですかのぅ

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